東京高等裁判所 平成4年(く)146号 決定 1992年8月17日
少年 R・H(昭52.3.4生)
主文
原決定を取り消す。
本件を東京家庭裁判所八王子支部に差し戻す。
理由
本件抗告の趣意は、附添人弁護士○○及び同○○連名の抗告申立書に記載されているとおりであるから、これを引用する。
抗告の趣意中、法令違反の主張について
所論は、要するに、原決定は、少年の原審審判廷における自白を唯一の拠り所として、少年に対する送致されていない5件の非行事実を余罪として認定しているが、これを裏付ける補強証拠が存しないので、原決定の右認定は憲法38条3項及び刑訴法319条2項に違反しているばかりでなく、審判の対象となっていない5件の余罪についても実質上処分する趣旨でなされた原処分は不告不理の原則に反し、かつ、法定手続を保障した憲法31条にも違反しており、右の各違反が決定に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。
そこで、原審記録を調査して検討するに、原決定は、その処遇の理由において、送致されていない5件の窃盗ないし窃盗未遂の各事実に言及していることは所論指摘のとおりであり、そして、右の各事実を認めるに足りる証拠としては、少年本人作成の上申書謄本2通及び原審審判廷における少年の自供のみであって、他にこれを補強する証拠は存しない。
しかし、原決定は、これらの事実を非行事実として認定、説示している訳ではなく、単に処遇の理由中で言及しているに過ぎず、判文全体を通読すれば、その趣旨とするところは、本件各非行事実の前後における少年の行状から本件非行の動機や非行性の深化の程度などを明らかにしようとするにあり、実質上これらの余罪につき処断する目的でその事実を掲げたものとは認められない。それ故、補強証拠なしにこれらの事実を摘示したとしても、本来刑事事件における犯罪事実の認定に適用されるべき憲法38条3項、刑訴法319条2項の規定に違反するものでないことはもとより、摘示したこと自体が、憲法31条や不告不理の原則に触れるものということも出来ない。論旨は総て理由がない。
抗告の趣意中、重大な事実誤認の主張について
所論は、事実誤認をいうが、その主張自体から明らかなように、非行事実そのものではなく、要保護性の基礎事実を争うものに過ぎないから、少年法32条所定の「重大な事実の誤認」の主張には当たらず、その実質において「処分の著しい不当」の主張の一部をなすものというべきである。次項において総合判断する。
抗告の趣意中、処分の著しい不当の主張について
所論は、要するに、知能が低く、しかも複雑な性格的欠陥を有する少年につき、少年院における集団的指導による矯正ではむしろその効果が乏しい上、関係者が上申書を提出しているとおり、少年の社会内処遇について多くの人の援助や応援を期待することが出来、両親も虚飾を捨てて現実を見据え、少年と共に新たな家庭を築くべく、固く決意していることなどに徴し、少年を初等少年院に送致した原決定の処分は著しく不当であるというのである。
そこで、原審記録(少年調査記録も含む)を調査して検討するに、本件は、原決定が判示しているとおり、少年が平成3年11月から同4年6月までの間、単独あるいは他の少年と共謀の上、3回にわたって窃盗を敢行したという事案であるところ、少年は、同年3月中学校を卒業し、同年4月から都立○○高校(定時制)に進学した者であるが、知能指数(IQ74)が低い上、自信がないため依存的で受容・承認欲求が強いこと、社会的判断が稚拙であって抑制力も弱いこと、加えて自己本位の欲求や感情の赴くまま短絡的な行動に走る傾向があるなど、社会適応力が乏しいこと、中学3年のころから他人の物に手を出すようになり、いずれも原判示○○店において、本件非行の前後を通じ5回にわたり窃盗(そのうち1回は未遂)を重ねていること、家庭にはタクシーの運転手をしている父親、郵便局にパートで勤務している母親がいるものの、従前少年に対する監護が十分であったとはいい難いことなどが認められる。以上の諸点に照らすと、少年の非行性や要保護性には軽視出来ないものがあるといわざる得ない。
しかし、他方、少年にはこれまで保護処分歴は勿論、補導歴も存しない上、日頃の生活態度もそれほど大きく乱れていないこと、したがって、本件各非行の動機や態様を考慮しても、その非行性が未だ深化しているものとはいえないこと、しかも、少年は、今回観護措置決定(原判示2の非行事実)により少年鑑別所に収容されたこともあって、これまでの非行を深く反省悔悟しており、右収容が少年の行動を抑制する契機となったことが窺えること、また、両親も従前少年に接して来た態度を悔い改めると共に、少年の能力や性格を十分踏まえた上、対人関係のあり方、基本的な生活態度の改善等、少年の更生に努力すべく真剣に考えていること、その他所論(前項を含む)が指摘する諸点中首肯し得る部分を斟酌した場合、今回は在宅保護として専門家による強力な指導を施しつつ経過を観察するのを相当と考える。してみると、少年を初等少年院に送致した原決定は著しく不当といわざるを得ず、論旨は理由がある。
よって、少年法33条2項、少年審判規則50条により、原決定を取り消し、本件を東京家庭裁判所八王子支部に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 半谷恭一 裁判官 新田誠志 浜井一夫)
〔参考1〕 送致命令
平成4年(く)第146号
決 定
本籍 東京都八王子市○○町×番地
住居 東京都八王子市○○町×丁目××番×号市営住宅×-××
(茨城農芸学院在院中)
高校生
R・H
昭和52年3月4日生
右の少年に対する窃盗保護事件について、平成4年7月21日東京家庭裁判所八王子支部が言い渡した初等少年院送致決定に対して附添人弁護士○○、同○○から抗告の申立があり、当裁判所は、平成4年8月17日原決定を取り消し、同事件を東京家庭裁判所八王子支部に差し戻す旨の決定をしたので、更に少年審判規則51条に従い次のとおり決定する。
主文
茨城農芸学院長は、R・Hを東京家庭裁判所八王子支部に送致しなければならない。
(裁判長裁判官 半谷恭一 裁判官 新田誠志 浜井一夫)
(原文縦書き)
〔参考2〕 原審(東京家八王子支 平4(少)586号、1402号 平4.7.21決定)<省略>
〔参考3〕 抗告申立書
抗告申立書
少年 R・H
上記少年に対する平成4年(少)第586号、同年(少)第1402号窃盗保護事件について、東京家庭裁判所八王子支部が平成4年7月21日言渡した初等少年院送致の決定は不服であるから抗告を申し立てる。
平成4年8月4日
東京都八王子市○○町×丁目×番×号
○○法律事務所
電話×××(××)××××
附添人○○
同○○
東京高等裁判所 刑事部 御中
抗告の趣旨
「少年を初等少年院に送致する。」とした原決定を取り消し、本件事件を東京家庭裁判所八王子支部に差し戻す旨の裁判を求める。
抗告の理由
一 原決定の判断
原決定は、八王子少年鑑別所の「在宅保護(保護観察)」という鑑別意見の結果を全く無視し、<1>家庭裁判所に送致されていない余罪をもとに、「その窃盗の手口は大胆で、反復されており、所謂侵入窃盗が常習化しているのみならず、盗品は他のファミコンショップで売却し、遊興費にあてていたものである。」等と認定し、<2>少年が、なぜ本件非行に至ったかの原因を十分分析することなく、また、その分析に基づき今後の少年に対しいかなる対策が必要かといった点、すなわち、保護者、教師ないし雇用主あるいは他の専門家等による監督指導・環境調整が不可能ないし非常に困難であるのかということの検討を欠いたまま、<2>保護者が第1の保護事実を知りながら余罪を防止しえなかったことのみを根拠に、保護者に保護力が乏しい等と誤った事実認定を行い、少年を初等少年院へ送致する旨決定している。
右決定には、少年法第32条に規定する、決定に影響を及ぼす法令違反、重大な事実誤認及び処分の著しい不当が存在するので、以下に詳述する。
二 原決定の余罪認定と法令の違反
1 原決定の審判の対象となる非行事実は、平成3年11月21日午前11時30分頃及び同月27日10時20分ころの2回にわたり、東京都八王子市○○町×丁目××番地×号所在のA方に侵入し、預金通帳、1通、ネクタイピン1個、イヤリング2個を窃取した事実(平成4年(少)第586号窃盗保護事件 以下「第1事件」という)と、平成4年6月27日午後11時55分頃東京都八王子市○○町×丁目××番××号所在の株式会社○○店に侵入し、スーパーファミコン用カセット等を窃取した事実(平成4年(少)第1402号窃盗保護事件 以下「第2事件」という)である。
2 ところが原決定は、少年の審判廷での自白を唯一の拠に、株式会社○○店に侵入し、「平成4年1月下旬頃カセット約10本、同3月初旬カセット約10本、同月24日カセット13本ファミコン機1台、同月5月3日カセット約10本を各窃取し、同年5月31日同店にカセット窃取の目的で侵入したが、発覚されそうになったので、なにも盗らずに逃げ出したことがあり」と4件の窃盗既遂の非行事実と1件の窃盗未遂の非行事実の余罪を認定している。
家庭裁判所へは右5件の余罪については事件送致されていないし、右余罪を裏付けるものは、第2事件の送致書類のなかにある、やはり少年自身の自白である平成4年6月28日付の警視庁八王子警察署長宛の、「今年の1月25日ごろの午後9時ごろ、八王子市○○町の○○店1階(で)、僕一人でファミコンのカセット10本ぐらいぬすみました。」と「今年の3月20日ごろ午後7時ごろ、八王子市○○町の○○店1階(で)、僕一人でファミコンのカセットと本体、10本ぐらい一体」という上申書しかないのである。
3 原決定が、少年の本人の自白を唯一の根拠に5件もの余罪を認定したことは、「何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない。」(憲法38条3項)、「被告人は、公判廷における自白であると否とを問わず、自白が自己に不利益な唯一の証拠である場合には、有罪とされない。」(刑事訴訟法第319条2項)と、自白と補強証拠について定めた憲法及び刑事訴訟法の規定に違反することは明らかである。
少年事件について、自白を唯一の証拠として非行事実を認定できないことは裁判例も認めるところである(高松高裁決定昭和35年10月20日家裁月報12巻12号106頁)。
4 そして、更に原決定は、少年の右5件の余罪である非行事実をもとに、「その窃盗の手口は大胆で、反復されており、所謂侵入盗行為が常習化しているのみならず、盗品は他のファミコンショップで売却し、遊興費にあてていたものである。」、「前記のとおり、少年の窃盗の手口は、15歳の少年とは考えられない程大胆で、悪質であり、このまま在宅保護観察にすると、非行性が更に進む危険が強い。」と、少年に不利益にのみ認定し、少年の処遇としては初等少年院送致が相当としている。
右原決定の事実認定は、保護処分のうち最も重い少年院送致を決定するにあたって、審判対象となっている第1事件及び第2事件の非行事実の他に、審判対象となっていない5件の余罪についても実質上処分する趣旨でなされたものであることは明らかである。なぜなら、<1>本件審判の対象となっている第1事件及び第2事件においては、いずれも被害は回復されているものであり、平成4年1月下旬から同年5月3日までの4件の既遂に至った余罪を審判の対象としなければ、「盗品は他のファミコンショップで売却し、遊興費にあてていたものである。」とその利欲犯的非行事実の悪質性に言及することはできないこと、<2>第1事件と第2事件の非行事実の間には7ヵ月の間隔が存在し、その件数は3件だけであり、けっして「その手口は大胆で、反復されており、所謂侵入盗行為が常習化している」とは言えないこと、<3>少年が審判を受けるのは初めてであり、前述したように第1事件及び第2事件についてはいずれも被害については回復しているものであり、一般的に考えれば、これだけの非行事実では到底少年院送致の決定がなされる事案ではないこと、<4>非行事実の態様としては、余罪の方が、盗品を他のファミコンショップで売却し、その売却代金をゲームセンターでの遊興費にあてているので、重いことからである。
したがって、審判対象となっていない5件の余罪についても実質上処分する趣旨でなされた原決定は、不告不理の原則に反し、法定手続の保障した憲法31条に違反することは明らかである。
5 以上述べた原決定の<1>自白の補強証拠及び<2>不告不理の各法令違反は、少年を初等少年院に送致するとした原決定に影響を及ぼすものである。
三 原決定の少年保護の視点の欠如
原決定は、少年保護事件において最も重視されるべき、少年の健全な発達、成熟、社会適応を援助するという視点がかけているという点でも決定的誤りを犯しているものと言わざるを得ない。
すなわち、原決定が「その手口は大胆で、反復されており……」と認定している事実は、本件少年においては、むしろ少年の未成熟、幼稚さの現れとも見られるのであって、このことは、少年鑑別所の精神状況・行動観察・総合所見に指摘されているところである。少年事件で徒に事件の外観にとらわれ一般成人に対する応報の観念をもって評価をすることはつとに謹まなければならないのである。仮に原決定認定どおりの事実があったとしてもこの結果のみから少年の処遇を決定するのではなく、少年がなぜそのような行為に出たかの原因につき、少年の知能、環境、成育歴にもさかのぼった分析が必要である。そして、少年の心理状態、環境に存する問題を明らかにし、その原因を取り除き、少年の将来の行動の抑制を可能にするために、両親との関係につき調整する必要がないか、他に活用出来る社会資源がないか、鑑別所での生活、家庭裁判所調査官との接触によって少年に反省悔悟ないし、将来にむけての心構え、気持ちの切り替えが得られたかなどを検討し、これによっては少年の行動抑制が得られない場合であるかを慎重に判断したうえで処分を決めることが必要である。しかるに、原決定裁判所においては、かかる点について十分な検討もないまま、鑑別所の社会内処遇の意見を切り捨てている違法、不当がある。
四 要保護性の基礎事実の誤認
1 原決定は、「父母特に母親は、平成3年11月21日午後6時30分頃八王子警察署の司法警察員から前記1(第1事件)の非行事実を告げられ、少年が母親の面前で盗品を同司法警察員に返すのを見ており、少年が同級生の家に侵入し、2回にわたり窃盗をはたらいたことを熟知しながら、監護者として将来の非行防止のため適切な方策も講じなかったため、少年が翌年3月に○○店で連続して侵入盗をはたらくことを結果的に助長させたものであり、その保護力は乏しい。」と断定し、保護者の保護力が乏しいから、少年を初等少年院に収容すべきだとする。
2 しかし、右認定には基礎的な事実に関し、すくなくとも2点の誤りが存在する。その一つは、少年が任意に自分の学生服のポケットから、預金通帳、ネクタイピン、イヤリングのA家から盗んだ盗品を八王子警察署の司法警察員に提出したのは、平成3年11月30日のことであり、二つ目は、少年は○○店に窃盗に入っているが、平成4年1月下旬と同年3月初は営業時問中の午後9時ころと同7時ころに万引きに入ったようであり、いわゆる侵入盗の形態で窃盗に入った事件ではないと考えられるのである。3月に連続して侵入盗をはたらいた事実は存在しない。右事実の誤認は、原決定の認定の杜撰さの一端を物語るものである。
そして、右認定において、最も重要な基礎事実の誤認は、少年の母親が、少年の第1事件の非行事実を知っていたことと、連続した少年の○○店への窃盗行為を短絡的に結び付け、少年の母親に保護力がないと断定する点である。
3 たしかに、少年の最初の非行事実が発覚した時点において、少年の両親が、<1>高校受験を控えた11月下旬という時期に少年が、学校へ行かずに窃盗をしてしまった心理状態を理解し、授業にもついて行けず、怠学が多くなっていた少年の進学問題について、「高校だけはでなければ」というように、漠然と高校進学を勧める態度ではなく、少年の能力にあった進路というものを、少年の立場にたって考えていたら、<2>第1事件の非行の動機につき、少年からそれのひとつには、10月初め、八王子市立○○中学校の同級生のE子が、運動会で少年がクラスの応援団員として着用していた服装が似合わないと言われたことを怨みに思ったと聞き出したのであれば、その時点において、社会における対人関係の基本的な在り方について、窃盗というような他人に危害を加える行動によって気持ちを晴らす行為に出ることの愚かさを教えていたら、<3>あるいはまた、少年は、平成4年1月から6月に捕まるまで5回も○○店に窃盗に入り、ファミコンカセット等を持ち出しているのであるから、両親が、累犯を犯すことに細心の注意を払っていれば、金使いが派手になる、部屋に必要以上のファミコンカセットがある等少年の生活態度の変化にある程度気づいたかも知れない、など、悔やまれる点が多々あることは事実である。
4 しかし、少年が第1事件において2回にわたって窃盗をはたらいたという事実を知ったからと言って、家庭裁判所の調査官やカウンセラー等の専門家からの示唆を受けないまま、少年の両親の力だけで少年に累犯傾向があるものと判断し、少年の生活態度に細心の注意を払い、以後の少年の生活を完全にコントロールすることを一般の両親に期待することは困難であると言わざるを得ない。まして、鑑別結果によれば、少年の知能は劣段階にあるのであり、両親は、少年がこのような状態にあることにつき十分認識していたとは言いがたいのである。少年の成育歴をみると、両親これまで、少年の能力、傾向について十分把握出来ないまま、少年に過度の要求を行って来ていたのではないかと考えられるのであって、それが積み重なり、少年にとって重荷となって結果的に少年の社会適応力、適切な不満の発散・解消方法の獲得を妨げていたのではないかと考えられるのである。この意味で、本来であれば、今回の審判手続きが両親にとっても「ありのままの少年を認め、受け入れる姿勢を示すことによって、自己保身的な構えを崩し、背伸びせず素直に自己表出出来るよう仕向けて行く」(鑑別結果総合所見、2処遇の指針)最初の機会だったのである。
これまで、少年には、シンナー、暴走行為、夜間徘徊などといった非行はなく、このような少年につき、警察から窃盗の事実を知らされたことのみを契機に、その後のファミコンショップでの窃盗を予測し、これを防止すべきないし防止出来たはずと認定するなど、本件少年の特質、少年と両親との関係につきあまりに無理解、かつ独断的判断と言わざるを得ない。
これまで、少年の両親は、少年の知能、性格を客観的に把握出来ないまま、両親の方でも悩み苦しみ続けて来ていたのである。十分な能力を獲得している少年であっても昼間働きながら夜定時制高校へ通うという生活をまっとうすることが困難であることはむしろ常識である。本件のように知能、性格面で問題を抱える少年が、定時制高校に通う生活の中で、十分な満足感を得られず、非行を重ねていたことについては、一定の理解をもって臨むことが必要というべきである。
原決定の、少年の両親とりわけ母親について、「少年が翌年3月に○○店に連続して侵入盗をはたらくことを結果的に助長させたものであり、その保護力は乏しい。」との認定は、少年の要保護性の基礎事実に重大な誤認があると言わざるを得ない。
本件において悔やまれるべきはむしろ、本件少年につき、最初の非行事実が発覚した後、早期に家庭裁判所が保護事件として少年及びその両親に対する適切な指導をし、少年に対する方策が講じられていたら、○○店に対する第2事件を含む何件かの非行事件は避けることができたのではないかという点である。原決定は、少年保護事件における裁判所の役割に目をつぶり、少年の両親のみにその責任を転嫁するものである。
5 少年の両親は、今回少年がファミコンショップ株式会社○○店に侵入し現行犯逮捕され、平成4年1月下旬から今回逮捕されるまで6回も窃盗行為を繰り返していることを知るに及び、これまでの少年に対する監護教育に対する姿勢につき深刻に反省し、少年への対応を改める努力をすることを決心するに至っている。すなわち、これまでは、<1>少年が同級生のと比べると知能指数が低く、そのため、物事を理解するのに時間がかかり、動作についても緩慢であり、学校の授業についていけないという状況を十分理解することをせず、漫然と「高校だけはでなければダメだ」というふうに、進学に対して少年の立場にたって、少年との意思疎通を図る努力を怠ったこと。<2>都立○○高校定時制に平成4年4月に入学してから、少年は八王子市○○にあるプラスチック製造加工を行う○○工業へ学校の紹介で就職することになったが、普通高校に行けず就職していることにつき母親も引け目に思っている状態で、少年に対し、働くことの基本的意味、社会に出てからの対人関係の在り方、社会的自立等について、親として適切な援助を与えるのではなく、むしろ少年を放置する結果になったこと、<3>平成3年11月30日最初の非行事実を知ることになったが、そのことに対し「悪いことはしてはダメ」とただ言い聞かせるだけで、少年の日常の生活態度、対人関係の在り方、欲求に対する社会生活における自己コントロールの必要性等という、少年が他人から物品を盗んでしまったのかの背景にまでさかのぼって少年との会話をしなかったことなどについて反省し、今後は少年が心を開いて話すように粘り強い努力をし、これからの進路、就職先について、少年にとってどのようなものが向いているのか、少年の能力、性格も踏まえ話し合って行くだけでなく、対人関係の在り方、基本的な生活態度の改善について協力して行こうとしている。
現在少年が必要としているのは、少年院の団体生活による画一的矯正教育指導ではない、少年の能力、性格、基本的生活態度を踏まえた、保護司、カウンセラー、セラピスト、精神科医等の専門家による少年との面接、両親との協力のもとでの在宅保護による、切丁寧な個別的な矯正が必要なのである。
少年は、父親は○○タクシー株式会社○○営業所に18年間タクシー運転手として勤務し、母親は午前中の間パートとして○○郵便局に働く健全な家庭環境に恵まれているのであり、決して保護力は乏しいと言うことはできない。
五 原決定が初等少年院送致を決定した理由の著しい不当性
1 原決定は、八王子少年鑑別所での鑑別結果通知書を全面的に引用し、少年の性格について、「少年のIQ=74で低く、自分に自信がなく、依存的で、受容・承認要求が強く、被害感や疎外感を抱きやすい。又、自己保身的、防衛的な構えをとりやすい。社会適応力が乏しいため、日常的な場面でも与えられた課題をこなせない上、能力の低さを悟られまいと人に聞かず自分で処理してしまおうとするところがあり、その場逃れの嘘や取り繕いが多く、対人的なトラブルを生じやすい。新しき場面や権威的な場面では、素直な自己表出が抑えられるが、本来的には抑制力に乏しく、自由にふるまえる場では、自分本位な欲求や感情のままに短絡的に行動してしまい、一旦、自分にとって利益や快感のある道が開けると、常態的に繰り返すことになりやすい。」としている。
そして、右少年の性格を矯正し、その生活態度の改善を図るためには、「少年の知能は低いから、短期間少年院に収容しても矯正教育の効果が上がるかどうか疑問である。」として、少年を初等少年院に収容すべきだとしている。
2 しかし、知能の低い場合に、長期に少年院に収容すると、なぜ短期の場合より矯正教育の効果が上がるのか、原決定は何らその理由を明らかにしていない。
少年の知能が一般に比べて低く、しかも複雑な性格的欠陥をもっていれば、少年院におけるような集団的指導による矯正ではむしろ効果が乏しいと考えられるのである。それを矯正するには、保護司、カウンセラー、セラピスト、精神科医等の専門家の強力な指導のもと、「現実の生活の中で起こってくる問題を通して、自分の考え方やふるまい方の問題性に目を向けさせ、対処する方法について示唆して実行させるといった具体的な指導を積み重ねることによって、社会適応力を高め、また、不満の適切な発散・解消ができるようにしていくことが必要である。指導に当たっては、ありのままの少年を認め、受け入れる姿勢を示すことによって、自己保身的な構えを崩し、背伸びせず率直に自己表出できるよう、仕向けていくことが大切なのである。」(鑑別結果総合所見2処遇方針)
こうした処遇は、施設に収容しては到底確保されないのであり「在宅保護として専門家による強力な指導を施しつつ経過を観察する」(鑑別所判定)ことによって初めて可能になるのである。
六 被害回復等について
第1事件の被害者Aとの間では、少年の両親が事件を引き起こしたことについて謝罪し、破損した窓ガラスの代金も含め金2万円支払うことで、平成4年7月31日示談が成立している。
第2事件の被害者株式会社○○店との間では、余罪である他の5件の余罪の非行事実も含め、平成4年8月3日、窃取したスーパーファミコン用カセット等の窃盗品、破損した窓ガラスの代金等の合計金30万0330円を支払い示談が成立している。
七 その他の環境調整について
少年については、以下のとおり関係者がその処遇について上申書を提出しており、少年の社会内での処遇については多くの人の援助、応援が期待出来るのであり、両親も、かかる書面を得るに至る経過で、虚飾をすて、現実をありのままに見据えて、少年とともに新たな家庭を築く決心を強固にしている。両親には今一度、少年との真の交流による立ち直りの機会が与えられるべきである。
1.R・Y 父親
2.B・O 父親の会社の同僚 組合支部長
3.M.N 保護司
4.K・O 八王子○○中学校1年生担任
5.B・R 都立○○高校定時制1年生
6.B・M子 近所の主婦
五 結論
以上述べたとおり、原決定には、決定に影響を及ぼす法令違反、重大な事実誤認及び処分の著しい不当が存在するので、貴裁判所においては、原決定を取り消し、東京家庭裁判所八王子支部に本件事件を差し戻しされるよう求める次第である。
添付書類
1.示談書 2通
1.上申書 6通
1.付添人選任届け 1通
(原文縦書き)